皆様こんにちは、霜柱です。

今回は少しばかり暗い事を書きます。
内容は記事のタイトル通りです。

子供の頃に誰かと友人関係になった時、それが大人になっても続くと何となく信じていました。実際に友情が続いている人もいるでしょう。

しかし、そうではない事もあります。

早速、書いていこうと思いますが、正直読んで気持ちが良いものではないかもしれません。
ですので、

ネガティブな内容を受け入れられる人だけ先をお読み下さい。

友情の芽生えから終焉まで

仲が良かった小学生時代

ある友人がいました。その人とは小学生時代からの友人でした。仲良くなったキッカケは覚えていませんが、多分何となく話している内に仲良くなった気がします。
お互いに気が合っていたのでしょう。

ですので、放課後や休日の時はよく遊んでいました。時折、一緒に出掛けたりもしました。
その事は今でも覚えています。

中学生になってからも、その人との関係は変化しませんでした。

まさかの転校

しかし、信じたくない事が起きました。

ある日、友人が「実は転校する事になったの・・・」と言いました。私は本当だと思いたくなかったので、「冗談は止めてよ」と返しましたが本当だったのです。

転校の理由は言わなかったですが、私からも聞かなかった気がします。子供心に多分、親の仕事の都合だろうと思っていたので・・・。

当たり前ですが、転校当日、友人は本当に転校してしまいました。ですので、いなくなってしまった事に強烈な寂寥感を覚えた程です。

気の置けない人でしたから。

連絡は取っていたが・・・

しかし、連絡は取り合っており、「最近どう? こっちは今こういう感じで~」みたいな他愛もないやりとりはしていました。

電話がかかってくると、直ぐに小学生時代に戻れた気持ちになりました。直接会えないとはいえ、それでも近況が聞けたのは嬉しかったです。

また会いたいと思いましたが、それは実現はしませんでした。
口には出しませんが、口調からして向こうは向こうで色々何かを抱えていた様ですし、正直、私も実は色々ありました・・・。

だからなのか分かりませんが、段々と電話でのやり取りは少なくなり、遂には互いに連絡もしなくなってしまったのです・・・。

数年ぶりに電話をかけた結果

連絡を取らなくなって数年以上経過し、その間にお互いに大人になりました。でも、連絡を取っていなかったとはいえ、その友人の事を忘れていた訳ではありません。「今、どうしているんだろう?」と思う事はありました。

まあ、「そう思うなら電話をかけろよ」と言われたら、確かにその通りです。
もしかしたら、既に・・・。

とにかく、ある日私は「今こそ会いたい」と思い、友人宅に連絡をしたのです。

やはり、数年ぶりなので緊張しました。それでも「その人の声を聞きたい/会いたい」という気持ちは強かったので電話をしました。

電話に出たのは、友人の兄弟です。
因みに私は友人の兄弟とも一緒に遊んでいました。今でもその光景は覚えています。

仲が良かったとはいえ、久しぶりの連絡だったので、当たり前ですがちゃんと自分の名前を名乗りました。

しかし、私を怪しんでいる様子だったので、私のニックネームを伝えました。それなら分かるだろう、と思ったからです。そして、久しぶりに会いたいという事も。

ところが、反応は私が予想していたのとは全く違っていた・・・。

小学校時代に一緒に遊んだ事を伝えても、相手はそれでも私を警戒している様な様子だったのです。勿論直接「怪しい人だ!」と言われた訳ではありません。

ですが、素っ気ない様な「少々お待ちください」という声からは、距離感を感じてしまいました。
本当のことを言うと、ショックでした。
「よく遊んだじゃないか」と言いたくなりましたが、それは言わず。

まあとにかく、遂に友人が電話に出ました。

友人の反応は

久しぶりに聞いた友人の声は大人っぽくなっていた気がしました。当たり前と言えば当たり前なのでしょうけど。でも、直ぐに子供の頃の光景が蘇りました。

友人は私が電話をかけてきた事に少し驚きを感じていた気がしましたが、私は声を聞きたくなった事や、久しぶりに会わない? と言った事を伝えました。

他にも色々と話したい事はありましたが、友人が「まずはメールを交換しよう」となり、それをしました。

交換後、私は自分の近況を書いて送りました。
そうしたら・・・

途方も無い距離感が出来ていたらしい・・・

先に書きますが、私のメールに対しての友人の反応に打ちのめされたのです。

友人からの返信に何と書いてあったのかと言うと、

「メール、なげえよ!」です。

この一文は私をもう粉々にしました。
それだけではありません。ハッキリと書いてませんが、「もう貴方とは付き合いたくない」と完全に拒絶をされたと感じたのです。

「その人にとって私はもう関わりの無い人だ」
「その人にとって私は雑に扱っても良いと思われている人だ」
「その人にとって私はもう縁のない人だ」
「その人にとって私はもう無用の存在だ」
「その人と私は完全に別々の世界に住んでおり、交わる事が一切不可能となってしまった」

そんな思いが溢れ出たのです。

でも、同時に「わざわざ❝メール、なげえよ!❞なんて書く!? 思うのは良い。でも、友人なら❝詳しい近況ありがとう。また会いたいね❞と書くもんじゃないの!?」といった憤りや戸惑いの気持ちも出ました。

この記事を読んでいる人は私の事を「考えすぎだよ」と思うかもしれません。

その人はそんなつもりで書いた訳ではないのかもしれない。でも、明らかにお互いの友情の熱量に差は生じていたと思います。

「メール、なげえよ!」以外の事も書いてありましたが、全体的に乗り気ではなく義務感で返信している様に感じたのです。

「そう感じたのであれば、その事を友人に言うべきではなかったのか?」と思うでしょう。
確かにそうかもしれません。

でも、もう私は直感的に無理だと思ったのです。2人の距離があまりにも離れすぎてしまったのです。

その後

では、このやり取り以降どうなったか?

どうもしません。

これ以上、やり取りしても仕方がないと思ったので、それっきりもう連絡は一切していません。向こうから連絡が来る事も全くありません。

友情がこんな終わり方を迎える事に悲しさを覚えましたが、もうどうしようもないという気持ちの方が強かったので、復活させようという気は全く起きませんでした。

残念ながら、その人と私はもう他人同士だと思っています。
あの頃の友人はもういないのです。今は名前だけ知っている元友人です。

いつどの様にして終わりを迎えていたのだろう?

それにしても何故、私達の友情は終わりを迎えてしまったのでしょうか?
明確な友情終焉の契約を交わした訳ではないので分かりません。元友人から「友人をやめたい」「縁を切りたい」とハッキリ言われた訳ではありません。

メールでのやり取りをした時には、もう完全に友情は崩壊していました。
でも、その時に崩壊したのでしょうか?

もしかしたら、連絡が段々と疎遠になった時点で友情は終わっていた可能性があります。そして、その事に私は一切気付かなかった・・・。

久しぶりの連絡はその終焉を確認する為の儀式だったのかもしれない。

いずれにしても、寂しい終わりと言えるでしょう。

私にも原因があったのかもしれない

ここまで読んだ人の中には、私が友人を恨んでいる/憎しみを募らせていると思っている人がいるかもしれませんが、そんな思いはありません。

私は元友人を責める気は決してありません。
それに、私にも何か原因があったのかもしれないですし。ただ、それが何かは正直分からないです・・・。

どうせ終わりを迎えるなら、腹を割って話し合いをした方が良かったのかもしれません。
そうしたら、お互いに気になっていた部分や、見えていない部分が確認出来た可能性はあります。

ただ、先に書いた様に私はそう言った事をする気力が無かったのです。
それに無理をして繋ぎ止めたり、懇願して友情を続けるのも違うと思います。

どちらも悪くないのかもしれないですし、どちらも悪いのかもしれません。

本当に・・・友情って何なのでしょうね?
私には分からないです。今後もそれが分かる日が来るかどうかも怪しいです。

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ABOUT ME
霜柱
ハードロック/ヘヴィメタル(特にメロハー・メロスピ・メロパワ・シンフォニック)を聴いたり、宝塚(全組観劇派)を観たり、スイーツ(特にパフェ)を食べる事が好き。これらを主に気儘なペースで記事にしています。 Xやインスタも気儘に投稿中。