皆様こんにちは、霜柱です。
エッセイスト、辰濃和男さんの『ぼんやりの時間』(岩波新書)を読みました。

今回はこの本を読んだ感想を書いていこうと思います。
感想
ぼんやりする事の大切さ
ぼんやりか・・・。
ちゃんとぼんやりしていた事はあったかな? 正直ちゃんと思い出せません。いや、ちゃんと思い出せたら却ってダメなのかもしれません。
ぼんやり(リラックス、一息みたいな言葉でもOK)出来る場所と言うと森林、川、公園、温泉の様な自然がある所が思い浮かびます。しかし、それらが身近に無ければカフェ、ホテルなどの様な場所でもOKとの事。
現代はとにかく目まぐるしいです。息がゼーゼーしている方が大部分でしょう。私もそうです。
そういう時は独りになって心安らかにぼんやりをして、気分転換を図ってみようよ。走り続けるのは良くないんじゃないか。という事を辰濃さんは終始説いています。
ただ、辰濃さんも完全にぼんやりに徹しきれていない時があるとの事。レジ待ちでイライラしてしまったり・・・。
どうしてもイライラしてしまう時がありますよね。でも、そういった感情が出てしまうのは人間的だと思えば良いのではないでしょうか?
様々な作家や詩人などがぼんやりの様な物について言及
リラックス、安らぎ、急がない、みたいな言葉でも良いのですが、様々な方々がそういった事の大切さを書いています。
本書に登場したのは、
串田孫一、岸田衿子、キャサリン・サンソム、池波正太郎、朝永振一郎、H・D・ソロー、深沢七郎、山田無文、ミヒャエル・エンデ、国木田独歩、アン・モロー・リンドバーグなどです。
私が特に印象に残ったのは深沢七郎の言葉です。
生きるに値する何かを発見するなんていう思い違いをしないで、とにかく漠然と生きることだね。
現代は沢山の方が生きる意味を探しているでしょう。複雑化した今となると、その様な気持ちは尚更強くなります。しかし、深沢はそんな事しなくて良いんだよ、と言っています。
この言葉を聞いて肩が少し軽くなった気がします。ただ、漠然と生きると言われても、それはそれで何だか底知れない不安も感じちゃうのです(笑)。
まぁ、あまり深く考えないのが良いのかもしれませんね。
簡単なまとめ
現代は昔と比べて色々な事が便利になり、昔の人が見たら「今はこんなに発達したのか!?」と驚くでしょう。しかし、その分人生のスピードも速くなってきています。
特に日本人は日々の仕事だけでなく、休みの日も何かに追われていると断言して良いでしょう。
しかし、そういう時こそ「ぼんやりしようよ」と辰濃さんは書いています。
何もいきなり数週間とか数か月の休みを取ってどこかへ行け、という訳ではありません。理想はそうなのかもしれませんが・・・。
時間が確保出来ず、良い場所が無かった場合は自分の家で数分でも良い。何かしら気分転換を出来る状態に持って行く事が大切なのではないか、という事です。
本書を読めばぼんやりの考え方や、コツが分かるかもしれません。
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