イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』を読んだ感想

皆様こんにちは、霜柱です。
オーストリアの哲学者/社会評論家、イヴァン・イリッチ(Ivan Illich)の『脱学校の社会』(東洋/小澤周三・訳、現代社会科学叢書)を読みました。

今回はこの本を読んだ感想を書いていこうと思います。
感想
社会の学校化が問題という事らしい
一応、本書を最後まで読みましたが、正直に言うとよく分かりませんでした・・・
ただ、学校の何もかもが悪いという訳ではなく、私達の社会自体が学校化している事に警鐘を鳴らしている気がしました。
社会に出たら学校は関係無さそうに見えますが、実はそうではない事は嫌と言う程分かります。
どんな勤めをしていても、結果や数字を求められますからね。良くないと上から色々言われたり・・・。それだけならまだしも、最悪の場合はリストラ、倒産になりかねなかったりします。
本書が最初に刊行されたのでは1971年ですが、その時代でその様な事をイヴァン・イリッチは指摘していました。
2026年現在は当時よりも個性とか特性を見るようになったかもしれませんが、同時にますます、社会の学校化は進んでいる気がしますね・・・。
因みに本書に登場する国は主にアメリカですが、多少構造が違うとは言え、日本にも充分に当てはまると言って良いでしょう。
印象に残った言葉
私の頭では大部分理解出来ませんでしたが、その中でも「おっ!」と感じた言葉があるので、それを3つ引用します。
大人は、自分が受けた学校教育をロマン化して回想する傾向がある。
教育だけでなく、学校の色々な出来事を美化する傾向は確かにあると思います。
「昔の教育はちゃんとしていた」「自分たちの時代はこんな事ではへこたれなかった」みたいな言い方をする人もいるでしょう。そう言いたくなるのは分からないではないです。
ですが、時代は変化していますし、昔に固執ばかりしてもあまり良いとは言えないのかもしれません。
学校は(略)人間を人間自身がつくったわなにかける主要な道具となった。
おぉ、こうなるとあちこちが罠だらけになりますね(笑)。まぁ、全ての学校が悪いという訳ではなく、行き過ぎた均質化/標準化が問題なのかもしれません。
すべての「偽りの公益事業」の中で、学校は最も陰険である。
これは・・・かなり厳しい言葉ですね。偽りとか陰険まできましたよ。でも、そこまで危険な状態なんだよ、という事なのでしょう・・・。
こうなってくると、「そもそも学校って何ぞや? 本当に必要なのか?」とすら感じます。
簡単なまとめ
学校の制度ややり方などの問題点だけでなく、それが社会全体に蔓延している事を本書は指摘している気がします。
社会の発展や学力を上げる為には、多少の均質化や周りと歩調を合わせる部分は必要でしょう。でも、1971年当時でも、それが行き過ぎていた様です。
2026年現在はどうでしょうか?
益々加速している気がします。「一人ひとりの個性を大事に」なんて言葉を学校は、もしかしたら一部の会社は言ったりしているかもしれませんが、それがどこまで本気なのか? という疑問はありますね。それどころか虚しく聞こえない事もない・・・。
学校という制度に興味や疑問を持っている人なら、本書を興味深く読めると思います。
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