正岡子規『歌よみに与ふる書』を読んだ感想

皆様こんにちは、霜柱です。
日本の俳人/歌人、正岡子規が書いた『歌よみに与ふる書』(岩波文庫)を読みました。

今回はこの本を読んだ感想を書いていこうと思います。
感想
歯に衣着せぬ書き方
最初から最後までずっとそうだったという訳ではないですが、ハッキリと断言する歯に衣着せぬ書き方にインパクトを感じました。
特に紀貫之とか香川景樹に対しては結構手厳しい(笑)。
辛辣さもあったと思いますが、ここまで来ると却ってその勢いに圧倒され、時には噴き出してしまった程です。
文体は昔風・・・
ただ、文体は現代の書き方ではありません。例えば「○○なり」「○○申候」「○○有之候」など、こういった書き方なのです。何となく分かる時もありますが、そうでない時もありました。
本書は解説を含めて約180ページ程ですが、読むのに結構日数がかかりました。私の様に普段からこの様な文体に触れていない人にとっては、読み進めるのに苦労する部分はあるかもしれません。
でも、それだけでなく、普段は使わない様な単語や表現も出てくるので・・・、まあある意味言葉の勉強になると言えるでしょう。
正岡子規の攻撃対象(?)になった歌人や作品
正岡子規は色々な歌人や作品を挙げています。褒めている時もありますが、そうでない時の方が多いかも(笑)。
1番矢面に立たされた(?)のは紀貫之です。正岡子規は彼の歌を下手と言っています。
香川景樹に対してもなかなかです。「見識の低きことは」と言っています。でもこれはまだ良いです。後半では彼を「馬鹿なり」と言っているのですから(笑)。
とは言っても、褒めている時もあります。彼の作品はどうやら玉石混淆らしいです。
小沢蘆庵(おざわ ろあん)の事は「わからずやの一人」と言っていますし。
藤原定家(ふじわらの ていか)や凡河内躬恒(おおしこうちの みつね)の事も辛辣に書いています。
源俊頼の『散木奇歌集』や井上文雄の『調鶴集』に対しては「見て失望」と言っており、更に『小倉百人一首』の事を「悪歌の巣窟」とまで断言しています。
ここまでくると凄いですね。ある意味痛快というか。
とは言っても完全否定している訳ではない気もしました。認めている部分は認めていると思います。
逆に褒めていた歌人は?
正岡子規はどうやら源実朝は大のお気に入りだった様に感じます。ところどころ源実朝の歌を褒めていたからです。
また、正岡子規は橘曙覧(たちばな あけみ)も褒めており、彼が書いた『志濃夫廼舎歌集』は絶賛しています。理由は凄い簡単に書くと、玲瓏透徹(れいろうとうてつ)だからだそうです。
印象に残った言葉
本書で特に印象残ったのは〈十たび歌よみに与ふる書〉の項目です。
長いので引用はしませんが、恐らく「偉い人だから、自分より年配者だから、といった理由だけで、その人の歌が良いと思ってはいけない。歌に年齢や身分や地位などは関係ない。歌は平等なのだ」と書いていたと思います。
これは和歌に限らず色々な事に当てはまると思います。
どうしても、人間って作品そのものではなく、「誰が作ったのか?」という目線で判断してしまう事があると言えるでしょう。
曇りなき眼で見て判断するのが、いかに重要で、それでいて難儀かというのが伝わってきました。
簡単なまとめ
正岡子規が昔の歌人の作品を取り上げて、色々と解説(?)しています。しかし、なかなかの辛辣さがあるのです。
ただ、私は全く和歌に精通していないので、本書で取り上げられた和歌の良さや欠点を判断出来ません。一応正岡子規の説明を読んでも、分かる様な分からない様な・・・。
もしかすると、本書はある程度和歌に親しんでから読んだ方が良いかもしれません。でも、流石に歌の数が多いので、少なくとも紀貫之と橘曙覧の歌を見て詠み比べるだけでも違うでしょう。
それをしてからの方が醍醐味がより深く分かるかもしれないです。
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