カレル・チャペック『ロボット(R.U.R.)』を読んだ感想

皆様こんにちは、霜柱です。
チェコの小説家、カレル・チャペック(Karel Čapek)の戯曲『ロボット(R.U.R.)』(千野栄一・訳、岩波文庫)を読みました。

今回はこの本を読んだ感想を書いていこうと思います。
感想
ロボットに対しての普遍性
今でこそ、ロボットを題材にした作品は数多ありますが、その中でも強固な土台を築き上げたのはカレル・チャペックの『ロボット(R.U.R.)』だと断言して良いでしょう。
ロボットをどんどん作って発展させる事により、人間を苦しみから解放しようとハリー・ドミンは考えていたようですが、そうはならず・・・。
読みやすい書き方ですが、内容が普遍的なので今日まで評価をされ続けているのでしょう。
この作品が支持されるのは内容や、チャペックの物事を鋭く見抜く力が登場人物を通して投影されているからだと思います。
でも、それだけではない気がします。
多分、人間はロボットに陶酔しながらも、同時にロボットに対して嫌悪も抱いていると思います。
その様な心境が本作で巧みに描かれているから、今でも人気があるのではないでしょうか。
1920年に書けたのが凄い!
先に書きましたが、今ならロボットが登場するだけでなく、ロボットが人間に反抗や反発をする作品は決して珍しくありません。むしろ見慣れた内容になっているかも。
でも、『ロボット(R.U.R.)』は1920年に出ました。
この時代にこういった内容の作品を出すのはかなり勇気が必要だった筈です。
ロボットの危険性や人間の倫理への問いかけをしたのですから。
ましてや、この作品から「ロボット」という言葉が広まったのは、見事としか言いようがありません。
もしチャペックが現在のAIを見たら何と思うのか?
ロボットは現在も開発を続けていますが、人間みたいに違和感無く動けるのはまだ誕生していません。
ただ、フィジカルな体はありませんが、AIはロボットに近いと言っても良い気がします。
AIもフィクションで扱われたりしますが、以前なら「これはフィクションだけの出来事」と思っていました。しかし、現実に誕生したのです。
AIは確かに人間の生活や仕事を便利にしています。私も時々使ったりしているのでそれは否定しません。
ですが、「AIに仕事を奪われる」とも言われており、一部の職種ではそれが行われているでしょう。そういった面もあるのです。
もし、チャペックがAIを使っている現在を見たらどう思うのでしょうか?
多分ですが、ちょっとばかり嘆いてかなり皮肉る気がします。
簡単なまとめ
本書は間違いなくロボット文学(というジャンルがあるかは知らないが)の先駆になった作品だと言い切って良いでしょう。
もしチャペックがこの作品を書かなかったら、後のSF系の文学の歴史が間違いなく変わっていたと思います。
ですので、文学史において避ける事が出来ない非常に重要な作品です。
ただ、読みやすい内容ですが、現在のドンパチ系に慣れている方からすると、物足りなく感じるかもしれません。人を殺す描写はありますが、それは数ある場面の中の一場面であってメインではないです。
この作品から何を感じるかは人によって違うと思いますが、私としては「人間は何でも出来ると思っているらしいが、それは大間違いだよ。その勘違いが身を亡ぼす原因になるかもしれないんだよ。」と言っている様に思えました。
有名な作品だからとかではなく、本書は1度は読んでみるべき作品な気がしますね。
興味がある方は是非手に取ってみてほしいです。
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